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息子は自閉症スペクトラム

2012年7月に誕生した息子りく(通称)。2014年4月(1歳9ヶ月)に自閉症スペクトラムの疑いが発覚。2016年3月(3歳8ヶ月)に自閉症スペクトラムの診断あり。療育は早ければ早い方がいい。身をもって体験中。

視線が合うようになってもASDはなくならないですが、あるがままを受け入れて伸ばしてあげられるように

自閉症スペクトラム(以下ASD)の指摘をうけたら様子見をしないでくださいという記事の中で、その理由に「早い時期に視線を矯正したほうがいい」というものを挙げていました。

 

この考えは今も変わらないのですが、3歳半を過ぎた自閉スペクトラム症傾向がある息子と接する中で少し見えてくるものがありました。
視線が表情にいくようになったら、ASD傾向が一気になくなるのかと思っていました。
共感や他者の理解、空気を読むことも、人の表情から察するのがきっかけなので、視線が表情に向かえば一気に解決するのではないかと。
でもそうではないのですよね。

 

表情という同じ情報を受け取っても、感じ方や考え方が違うので、その後の行動や表情が違うのです。

 

人物がいる写真の場合、視線が人の顔に行くのが定型発達児、周りの物にいくのがASDと実験結果でわかっています。
目が合いにくいという現象は、この辺の行動からですよね。
聞くところによると、同じ写真をみても定型発達児とASDの子の反応する脳の部位が違うらしいです。

 

息子のりくは現在視線があうことが増えたのですが、それでも、共感する反応が低かったり、動作を真似するのが苦手であったり、会話のキャッチボールが成り立たなかったりしています。
表情や動作から読み取る情報が少なかったり、脳の動き方(解釈の仕方)が違うのだなぁと実感させられます。
真似といった意味では、表情や言葉の抑揚も普通とは違うなぁと感じることがあるので、「真似をする」脳の構造がもとから違うのだなぁと。

 

歌いながら踊るなど複合的な動作は、真似する脳の動きが弱い上に、2つ以上の動作を同時に行うことも苦手なので、息子にとっては非常に難易度の高い動きなのだなぁと感じます。

 

1つ強く伝えたいのは、共感能力や空気を察する能力が弱くても、人と接したい感情や褒められたら嬉しい感情は豊かに持っているということです。
息子の苦手なことも褒めていくうちに、発達の度合いは普通よりはゆっくりだとしても、前向きに取り組んでいてそれなりに上達しています。生理的に嫌なことかどうかは見極めてあげる必要があると思いますが、そうでなさそうであれば機会をつくっていけば延びていくのではないかと希望を持っています。

 

茂木健一郎さんがサヴァン症候群(カレンダーなどを見たものを記憶できる)の方を取材したときのこと。
そういう能力をもっている人はコミュニケーションに困難な方が多く、その男性も会話が成り立ちにくい様子でした。
ですが、周囲の人に聞いてみると、彼が記憶したことを披露するようになったのは、答えることによって周りが喜んだことがきっかけだったそうです。

 

周囲の賞賛がうれしいということは、人と関わりたい気持ちがあるということだと思います。

 

親として感じるのは、脳の動きが根本的に違うからといってがっかりするのではなく、苦手なことやできにくいことを認めてあげて、最低限生活に困らない程度には、支援することによって伸びるだろうということ。
そのための工夫や褒める声かけを惜しまないようにしていきたいです。

 

そして、すきなこと(うちの子の場合は電車)は過集中であるという特性や、文字やマークに対しての記憶力がよい長所がのびるよう、環境は整備していきたいなぁと思います。

 

我が子の一番の応援団として、褒めるエールを何よりも大切に、一日一日を大事に過ごしていこうと思います。